浄土真宗本願寺派 玉栄寺

仏さまのおはなし

仏さまのおはなし

『浄土への人生』本願寺派布教使 佐賀教区松浦組 源光寺 波多唯明

 私たちが暮らす社会では利便性や効率、快適さや速さを求め、不便なものや効率の悪いものをできるだけ減らそう、なくそうとしているように見えます。  また、何事も健康が基本、健康第一というのはよく言われることです。もちろんそれらのことによる恩恵は大きいものがありますが、はたしてそれだけでいいのか、このままでいいのか、考えさせられる出来事がありました。
 私には車椅子を利用している友人がいます。彼は病気によって足が不自由になり、生活には車椅子が欠かせません。そんな彼がある時こんなことを言いました。
 「僕は車椅子に乗るようになってから何年か過ぎた。もし今、薬や手術で足が治ると言われても、別にこのままでもいいかな、と思っている。確かに生活は不便だ。風呂もトイレも着替えも、出かける時も大変だ。でも病気になったおかげで出会えた人がいるし、病気になったおかげで見えてきた世界がある。今の生活は不便ではあるけれど不幸ではない」
 私はこの言葉に衝撃を受けました。いろいろな思いはあったでしょうが、病気が治らなくてもいいという考えは思いもよらなかったのです。そして私に不便と不幸はイコールではない。不便であることは不幸なことではないと教えてくれたのでした。
 私たちは誰もが歳を重ね老いていき、病気になりやがて死を迎えます。そうであるのに老病死は不幸だと、それらを見ないように、考えないようにして、できるだけ日常から遠ざけてはいないでしょうか。
 しかし、老病死が不幸なら私たちの人生は不幸へ向かう人生、不幸で終わる人生ということになってしまいます。
 私は「あなたのいのちを必ず浄土の仏として摂めとる」とはたらいてくださっている阿弥陀様の願いにであい、私のいのちは不幸に向かっているのではなく、仏様にならせていただく浄土への道を歩ませてもらっているのだと聞かせていただきました。
 老病死によって不幸にならない人生、浄土への道のりを阿弥陀様がご一緒くださいます。

南無阿弥陀佛

『学び』本願寺派布教使 玉栄寺 住職中島至心

「この金色の仏さまいくらすると?」
先日、こども会でこんな質問を受けました。びっくりして思わず、ずっこけてしまいました。経済中心の世の中になっているため、御本尊を指さして「いくら?」という質問がでたのでしょう。私はこう答えました。
「阿弥陀さまのことを無上尊って言うんだよ。この上もない尊いお方という意味で、尊いものは決してお金では買えないんだよ。ここにいるお友達は、お金では買えないでしょう。そのことが大人になっても分からなければ、いくら勉強ができて、いくらお金を稼いでも本当の幸せにはなれないよ。」
「じゃあ、なんで勉強するんですか?」
続けてドキっとする質問です。
「みんなは勉強して良い学校に行き、良い会社に入り良い収入を得るために勉強しているのかな。勉強はお金をもらうための手段なのかな?
じゃあ、ちょっと一緒に考えてみようか。
今みんなが使っているノートの紙は何からできているかな?
木だね。木が育つには太陽の光や、雨、大地など、自然の恵みが必要だね。
木を切って運ぶ人がいて、紙を作る人がいて、完成した紙でノートを作る人がいて…、このノートが出来上がるまでに自然や沢山の人が関わり、数えきれない“つながり”があることが分かるね。
学んでつながりを知ることから、世界が広がり、夢が生まれ、学ぶことの楽しさや生きる喜びが湧いてくるよ。」
とお話させて頂きました。
私たちは、勉強して知識を得ると自分が偉くなったような、何でも一人でできるような気にさえなってしまいます。そんな私を阿弥陀さまは常に、真実のはたらきに目覚めよ、と呼び続けてくださいます。阿弥陀さまのみ教えに出遇うと〝あたりまえ〟が〝おかげさま〟に転じられ、多くのつながりの中で、生かされているいのちであったと気付かされ、喜びと感謝の心が生まれます。
いのちのつながりが見えにくくなった現代社会だからこそ、阿弥陀さまのみ教えを通して、いのちを見つめる眼を育む学びをしていきたいものです。

合 掌

『お念珠』本願寺派布教使 玉栄寺 住職中島至心

赤、青、黄、様々な色の珠が並ぶ本堂で、子供達は珠の周りに集まりどんなお念珠を作ろうかと目を輝かせています。今日は子ども会のお念珠作りです。小さな穴に紐を通し悪戦苦闘しながら完成させたオリジナル念珠…こども達は満面の笑顔でお念珠に手を通し、南無阿弥陀佛と賑やかなお念仏の声が本堂に響きわたります。
一つとして同じものがない子供達のお念珠を見て、私なりにお味わいを頂いてみました。赤色の珠は赤い光を放ち、青色の珠は青い光を放ち、黄色の珠は黄色い光を放って、他の色に染まることなく、すべての珠が一つに調和してつながっています。小さな珠が私を支えてくれている“いのち”と頂くならば、お念珠の輪は私をとりまくつながりの輪。大きな珠を阿弥陀さまと味わっていくと「顔や形、性格はみんな違っていても、一人ひとりがそれぞれの“いのち”を精一杯、輝かせてくれよ。いつでも私がついているから、大丈夫だよ」と、願われている阿弥陀さまの大悲のお心が頂けます。
 又、小さな珠をすでに仏となられた懐かしい方々と味わうと、大きな珠の阿弥陀さまとともに、常に諸仏方が私を取り囲み、見守ってくださっていると頂けます。
親鸞聖人は、

南無阿弥陀佛をとなふれば
十方無量の諸仏は
百重千重囲繞して
よろこびまもりたまふなり
(註釈版聖典576ページ)

と『浄土和讃』に詠われました。
お念珠を手に持つ時、阿弥陀さまの智慧と慈悲のはたらきの中にある自分であることに気付かされます。さあ今日も、お念珠に手を通し、ご恩報謝のお念仏を申しましょう。

合 掌

『人間って、なぁに?』本願寺派布教使 玉栄寺 住職中島至心

 人間ってなぁに? これは、当時4才の息子から受けた衝撃の質問でした。
 息子のお遊戯会で園児たちが「にんげんっていいな」という曲を歌いました。その日の晩「ねえねえ、お父さん。今日みんなで歌った にんげんっていいな。の“人間って、なぁに”」と質問されたのです。私は「來(息子)の事だよ」と答えました。「人間って僕のことだったのか…。」と息子は少し驚き、「じゃあお父さんは人間じゃないの?」と聞いてきました。私は慌てて「お父さんも人間だよ」と答えると、すると息子が「本当に? 本当にお父さんも人間なの」と目を丸くし、家族一同大笑いでした。
 私は息子の「本当に人間なの」という言葉が頭に残りました。それを知るためには、人間の心を映し出す鏡が必要なのです。親鸞さまは、その答えを阿弥陀さまのみ教えに求められました。
 例えば、自分にとって都合の良い人間は善人とほめるが、自分にとって都合の悪い人間は、悪人と批判します。自分のものさしでしか物事を見る事のできない私です。その心を映しだされた時、なんとも恥ずかしい私だったと気付かされます。
 親鸞さまは、阿弥陀さまのみ教えの鏡に映し出された我が身を厳しく見つめ続けられました。その鏡に映しだされた我が身の愚かさに深く悲しんでいかれたのです。そして、このような私こそを救わずにはおれないという阿弥陀さまの慈悲に目覚められたのです。
 み教えの鏡に映し出された我が身を絶えず省みて生きていく事、それが「本当の人間」の有り様ではないでしょうか。

合 掌

『世のなか安穏なれ』本願寺派布教使 藤円寺前住職 中島法昭

 数年まえに、真田幸村の城下町長野県上田市の郊外にあります美術館を尋ねました。『無言館』と名づけられた美術館には、太平洋戦争で亡くなられた戦没画学生の遺した作品が、300点展示されています。
 東京美術学校の学生は、70数年まえに、「お国のため」「天皇のため」と戦場へと駆り出されました。あと10分、あと5分でもこの絵を描き続けたい、と言って絵筆を握りしめました。「家族」「編みものをする婦人」「自画像」「裸婦」等の遺作品のなかに、三ヶ月前に結婚した妻を描いた絵がありました。その前で涙を流しておられた婦人の姿を思いだします。
 この美術館は窪島誠一郎さんによって建設されました。窪島さんは、全国各地を駆けめぐって集めた戦没画学生の遺作品を通して、自らの「戦後」を視つめ直そうとされたのです。その窪島さんの父親が、作家水上勉さんです。水上さんは、戦時中に親子が生きるために幼い窪島さんを他人に手渡しました。辛く悲しい親子の別れを体験された窪島さんが集めた遺作品は、ビートたけしが出演したTVドラマ『歸國(帰国)』の中にもでてきます。
 『無言館』をでた私は、親鸞聖人750回大遠忌法要のスローガン「世のなか安穏なれ」という文言を思い浮かべていました。もとより「安穏なれ」とは、平和でなくてはならないという意味です。念仏弾圧の嵐が吹きあれた建長年間、性信宛の手紙にでてくる親鸞聖人の言葉です。そして、この言葉を戦没画学生の心に引きよせてみますと、およそ次のことがいえると思います。自らの死を覚悟した彼らの心の奥底には、きっと戦争がなければ自由に絵を描けたはずだ、という思いがあったはずです。平和であって欲しいという無言の声が聞こえてきます。遺作品を照らしだすスポットライトは、そのような人々の悲痛な叫び声を聞きとられた阿弥陀如来の光明(智慧)ではないでしょうか。
 私たちは、親鸞聖人の言葉をわが身にひきよせて生きていきたいものです。

合 掌

『立ち止まって』本願寺派布教使 藤円寺前住職 中島法昭

およそ七〇年前のことです。ドイツナチス政権下で、何百万ともいわれるユダヤ人がアウシュヴィッツに代表される強制収容所におくりこまれ、ガス室で殺されました。既に、ご存知の通りです。
この残虐な行為に関わった現場の責任者がアイヒマンという人物です。彼は、戦後イスラエルで逮捕されました。やがて、彼の裁判が始まります。
アイヒマンは、裁判のなかでこのように語っています。
自分はただ上司からの「命令に従っただけで」(『イエルサレムのアイヒマン』)、ユダヤ人を殺したという意識は持っていないというのです。
ユダヤ人をまるで南京虫やしらみを退治するかのように、ガス室で殺したことに全く罪の意識を感じていないのです。唖然とします。
このような無責任なアイヒマンの発言を裁判所で傍聴していたハンナ・アーレントは、自らの著『イエルサレムのアイヒマン』の中で次のようなことを述べています。
アイヒマンに徹底的に欠けているのは、「他人の立場に立って考える能力」、即ち「想像力の欠如」だというのです。
 続けてこうもいっています。「実に多くの人々がアイヒマンに似ている」と言うのですから、背筋がぞっとします。
ユダヤ人をガス室で毒殺したアイヒマンも、日常はすごく平凡な顔をした市民の一人に過ぎません。先に述べましたように、「他人の立場に立って考える」ことができず、ただ上司の命令に従って行動するのです。このようなアイヒマンのタイプの人間は、街のどこにでもいるという訳ですから決して遠い昔話ではありません。他人事ではないのです。
以上述べてきました事を、立ち止まって考えてみたいものです。
およそ人間は縁次第で何をしでかすかわかりません。私自身がそうなのです。
『歎異抄』(第一三章)の「さるべき業縁のもよほさば、いかなるふるまひもすべし」という一語が、他人の痛みに鈍感な私の胸にひびきます。

合 掌

『そぎ落された映像』藤円寺 前住職 中島法昭

1960年新藤兼人監督の映画『裸の島』をDVDで観た。モノクロ。この映画は、瀬戸内海の小島で生活する家族の物語である。時折、『裸の島』のオリジナルソング「故郷」が流れるだけで、全く台詞がない。不必要なものを略することで、島で生活する家族の生々しい息づかいを演出する。音といえば、小船のろをこぐ水の音、段々畑を水の入った桶を担ぐ足音、乾いた畑に水をやる音。その音は乾いた畑にすいこまれていく。毎日がその繰り返しである。ある日、夫婦は2人の子供を連れて街に出かける。街はにぎやかである。魚屋、洋服屋、食堂が並ぶ。食堂に入ってカレーライスを食べる子供の笑顔。役者の身振り手振りだけで島に生きる家族をリアルに描き出すのだ。
こんなシーンが心に残る。
小学校に通う長男が急死する。やるせない母親は、水の入った桶を投げ捨てて、大地に泣き崩れる。その様子を父親は黙ってみている。泣き崩れる母親の姿と、感情を押し殺す父親の顔が対比されている。
 何度言っても言い過ぎることはあるまい。不必要なものが一切そぎ落されることによって、生活そのものの息づかいまでも伝わってくるのである。
 この映画を観て、私自身の生活様式を振り返ってみた。まるで洪水のように、次から次へと「消耗品」に取り囲まれる社会のなかで首まで浸かりきっている。そんな自分に気がつく。
 さて、どうするか。

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